2012/6/17

その時が…  

小生の最も来て欲しくない事が起こった…

去る6月14日午後9時30分頃に病院から電話が入った。

おとうさんの様子が急変したので、至急病院へ来るようにとの
緊急電話だった…

病院へ慌てて行った。
酸素マスクが装着されていたが、呼吸はしていた。
ホッとした…

主治医より話があり、今晩か、明日か、もう長い時間生きられない状況だった。

父親に話しかけた。
もう聞こえていないだろう。

時折、呼吸が止まった。
声を出して励ました。
呼吸が回復した。
その繰り返しだった。

しばらく呼吸が回復した。
主治医がまた来て、明日になるか、その時が分からないので、
ご家族の方は、本日お帰りください。と話をされ、
後ろ髪が引かれる思いで帰ることにした。

帰宅後、1時間後に病院より電話が来た。
11時55分心肺停止状態になりました。

冷たい響き…
父親の死を認めざるを得なかった。

もう少し、病院へいれば良かった…
悔いが残った。

やるべきことは、やってきた。
後悔は、無いつもりでいたが、
現実は…

もう父は、いない。
しばらく放心状態が続いた。

粛々と葬儀に向けての手順を踏んできた。

昨日(6月16日)父親と祭壇に向かって1対1で飲む事が出来た。
遺影の父が微笑みかけてくる。

アサヒの黒ビールとラガービール。
元気な頃よく飲んだものだ(当時は、キリンスタウトとラガー)

いつものように語りかけた。
涙が止まらない。
今日は、二人きりだ。
思いきり泣いてもいい。

明日からの通夜、告別式を取しきりたい。
父には、最高の法名は与えられなかったが、

小生にとっては、最高の父だと思っている。

喪に服したいと思います…





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2012/6/18  7:52

投稿者:しか〜し

エンピロさん
コメント有難うございます。

そして、哀悼のお言葉有難うございます。

私の父は、オシャレで、靴・スーツ・シャツはすべてオーダー。几帳面、物事に対しては、厳しい反面、優しさを持ち合わせていました。

父は、私と同じ勤務先で、昭和26年に入り昭和56年退職いたしました。私と通算すると親子で62年間勤務先のために勤務してまいりました。半世紀以上にわたり親子リレーが行われている事に誇りを持ちたいと思います。

同級生の皆様方、ご心配、ご迷惑ををおかけいたしました。

2012/6/18  0:47

投稿者:エンピロ

旅行がキャンセルで、危険な状態とは伺っていましたが、とても残念です。言葉がみつかりません。お悔やみ申し上げます。ただただ哀悼の意を表し、心より御尊父さまのご冥福をお祈りするだけです。

我々のために、気を使われているしか〜しさんの、気持ちがよく伝わってきました。申し訳ございません。

大変ですが、最後のおつとめが滞りなく無事に済みますようお祈りいたします。



http://green.ap.teacup.com/enpiro/

2012/6/18  0:03

投稿者:しか〜し

ダキさん
コメント有難うございます。

また、哀悼のお言葉有難うございます。

父の病状は、悪くなる一方でした。
旅行の途中で、私が困らないように
早く逝ってくれたのだと思います。
父には感謝しています。

同級生の皆様方には、旅行の直前に
嫌な思いをさせてしまい申し訳なく思っております。

キャンセル等のお支払について、
遠慮なくご請求お願いいたします。

19日まで、滞りなく取しきりたいと思います。






2012/6/17  23:40

投稿者:ダキさん

さきほど旅から帰ってきました。
この度はこのようなことになり言葉もありません。
最悪のことは想定されたこととは思われますが、
いざこのような状況になってみると複雑な心境でしょう。
遠くから亡きお父上に哀悼の意を表しますと共に
しか〜しさんの我々に対するお心遣いに感謝します。

http://happy.ap.teacup.com/dakiboy4/

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